
私は、9年前、韓国から日本に留学しました。今は帰国子女です。静岡で最も印象が残っている観光地は駿府城公園です。東御門は1996年(平成8年)に日本古来の伝統工法にのっとって復元され、資料館として公開されました。また、1989年(平成元年)に復元された巽櫓は、全国にある城の櫓建築でもほかに例の少ないL(エル)字型の平面をもち、駿府城の櫓の中では防御に優れた櫓でした。
駿府城の門は、江戸時代に細かく造られていて、300年前でも慎重に作られていることを知りました。

今川氏全盛期9代義元の時代天文18年(1549)に、家康(幼名 松平竹千代)は人質として19歳までの12年間、駿府で生活しています。後に戦国大名、そして天下人へと成長していく過程で臨済寺の住職太原雪斎などから種々の教えを受けており、家康の人間形成の上で非常に重要な時期を駿府で過ごしています。
徳川家康という有名な武士が静岡に住んでいた事を学んで、私は感動しました。静岡は歴史のある町だと知りました。

本丸堀は、駿府城の三重堀の一番内側の堀で本丸を取り囲んでいます。幅約23〜30mで深さは江戸時代には約5mありました。石垣は荒割りした石を積み上げ、隙間に小さな石を詰めていく「打ち込みはぎ」と呼ばれる積み方です。角の部分は「算木積み」という積み方で横長の石を互い違いに積んで崩れにくくしています。
発掘調査により再び姿をあらわした本丸堀は、江戸時代の雰囲気が感じられる貴重な遺構です。
江戸時代から現在まで、人々は自然を大切にしている事に理解しました。

大御所政治時代の駿府城下は昔から栄えた町で、市民たちが大勢暮らしていました。
小学生の頃はそんな歴史を知りませんでしたが、歩いて調べて、凄い歴史があると分かりました。
今でも静岡市民の公園として、多くの人に利用され、また観光地として整備されています。

陸軍歩兵団の戦没者慰霊碑(城内北東)
駿府城公園は1897年から第二次世界大戦まで歩兵第34連隊の本営がありました。この石碑は、その34連隊を伝える石碑です。
駿府城公園は、戦国時代から江戸時代に関係する内容を展示していると思いましたが、近代の第二次世界大戦の戦士たちの墓場だと事をインターネットで調べて驚きました。300年前ではなく、近代の戦争でも利用されていた事が分かりました。戦争が起こらないように祈っています。

